「甲斐駒ヶ岳」・登山紀行

『日本百名山・登山紀行』

　「甲斐駒ヶ岳」①（プロローグ）



　高遠の町は、丁度、散り急ぐ桜の花吹雪が、渦のように舞う季節だった。

今年の冬は例年よりも各地で雪が多く積もった。立山の室堂でも雪の大谷は例年

の倍の積雪になったとニュースで放送していた。そんな寒い冬に影響されてか、

春の訪れも１、２週間は遅れている感じがする。

　例年、５月の連休は丁度、新緑の真っ最中で山肌は薄緑の若葉で染まっている

のが常だが、今年は、それには、まだ早い。

　高遠の町には初めて訪れた。

”高遠城公園”の桜まつりが、まだ開催されていた。

小高い丘全体をピンクに染める”小彼岸桜”はあまりにも絢爛豪華だ。

　登山口となる戸台村に入る前に高遠城の桜や、”勝間の枝垂れ桜”を見て回っ

た。

里では、芝桜や菜の花が見頃で、春爛漫と言った感じだ。

南アルプスの雪解け水が豊富に流れ込む川や湖は春の光を受けてキラキラと輝い

ている。

　バスの乗り場となる戸台に到着したのは、１２時だった。

駐車場は無料で、更衣室も休憩所も完備されている。

バスも登山者の人数によって臨機応変に臨時便が出されるようだ。

　村を上げて登山者を歓迎してくれている気持ちが伝わってくる。

１２時発の臨時便には間に合わなかったが、次の出発の１４時１０分までの時間、

ゆっくりと準備をしたり昼食をとったりすることができた。

　バスは２０人程の登山者を乗せて定刻に発車した。

戸台大橋のゲートをくぐり沢沿いにどんどん登って行く。

大きくカーブをまわると快晴の青い空をバックに一瞬”仙丈岳”が姿を見せてく

れた。

　バス道の左側は何百メートルにも渡って深く切れ落ちている。

芽吹き前の白樺やナラノキの樹林帯をバスは更に高度を上げていく。

　バスの運転手さんは白髪の初老の男性だが、心地よい声で流暢な案内をしてく

れている。

　鋸山山麓の見事な黄葉を盛んに賞賛しているのを聞いていると、一度は、その

季節に訪れたいと思った。

　ゆったりと、カーブをまがったと思ったら、突然、雪を被った甲斐駒ヶ岳が目

の前に姿をあらわした。

　所用時間４０分で予定通り終点の”歌宿”に到着した。

後は、僅かに残雪の残る舗装道路を北沢峠まで２時間程歩くだけだ。

　それにしても、日差しが強い。

肩に食い込むほどの重いザックを掛け声とともに担ぎ上げて歩き出して行く。

憧れの北沢峠を目指して。



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